2017年8月22日
- 師友舎 勉強会
- 2017年8月23日
- 読了時間: 2分
「ダイアローグ」輪読第14回目
議論した箇所:
p.87-p.88(前回の振り返り) 「憎悪とは、非常に緊密な絆」までの内容を再整理。 →「いまや世界的な風土病」の意味 →「憎悪」=hate →感情や思考との関係
「誰もが同じ立場にいるということ」の意味 →「そこで、この『対話のビジョン」を使うと想像してみよう。...そうすれば共通の洞察が生まれる...」
「グループ内に、『接触境界』のようなものを見出すのは可能」の意味 →a kind of "level of contact"=私と私以外のものを隔てる境界のこと →思考・前提の差異・相違点 →同意できるものには差異は生じにくい
「ボディランゲージなどがそうした『接触境界』を伝えている」の意味 →ボディランゲージは感情的なものから生じることが多い。(例)思わず下を向く、首をひねる →感情と思考との関係は?
p.88_l.6-17 「私はこんな話を聞いたことがある」以降の内容と前段とのつながりは? →「感情のもつれ」に直面した状態、と「対話のビジョン」を使った場合の2つを「一つの体」「一つの心」の2つで表現している。 →憎悪(hate)はネガティブであるが「接触している」という点で、大きな意味がある。「全身を使った打ち込む」「関心をそそぎ、アドレナリンを放出し、神経を集中させる」。 →憎悪の対局は「無関心」。無関心からは何も生まれない。「去る人もいれば加わる人もいる(p.86_l.16)」関心のない人は対話には加わらない。憎悪ある方が対話に参加するエネルギーがあるといえる。
p.92_l.13「そうした行動は、対話の中で集団的に行われていることに気づく」の「集団的に」とは? →in a dialogue, ina collective way →グループがもつ想定と自分とを同一視して守ろうとすること。 →p.92_l.2の内容と関連する。
p.89~p.92の内容の流れ、つながりが分からない →それまでは「個」についてだったが、ここから「集団」の話になる。 →集団的仲間意識(impersonal fellowship)、仲間意識(a comradeship) →対話の重要性に触れる。「だからこそ対話が必要」「重要だと人は取り組む」しかし難しい、気が滅入る →対話できれば、得たいもの=共通意識、を築く →p.91の少女の例は、「感情共有し、友情育む」例 →p.92で集団の話に戻る
<感想>
今回は、振り返りも含めページを行ったり来たりしました。
前回の勉強会では「わかったつもり」になっていることが多分にあり、あたらめて見返すと「なんだっけ?」となる。
自分で説明できないというのが、動かぬ証拠。
この「ダイアローグ」も「成人教育の意味(前の課題図書)」も薄い本ではあるものの、その構成や内容は深いものがあり、作者の想いが一言一句、1行、1ページずつに盛り込まれ、無駄なものがそぎ落とされているのだなと感嘆します。
では次回も考え・学び・楽しみましょう。 スギモト
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