2018年5月20日
- 師友舎 勉強会
- 2018年5月19日
- 読了時間: 2分
「ダイアローグ」輪読_第23回
【議論した箇所】
p.108~の振り返り(3月、4月で検討した箇所の共有)
⇒目的があるグループ
→権威、上下関係との関連
→目的のないグループ
→本項タイトル「限界のある対話」との関連
→一般的には、テーマを与えられて人が集まる場合が多い
→p.106「『目的』があるなら、何らかの権威をどこかに取り入れなければならない。しかし対話では、目的や計画もなく、何かをすべき義務もない場合、権威だの上下関係だのはまったく不要だ。」
→無目的で集まる会は、自己目的を持つ人が結果的に集まり盛り上がった(前回出たFacebookの事例)
→テーマ無く集まる機会は日頃少ない。
p.112_l.17「対話とは、判断や想定を集団の形で明らかにすること」
⇒前文では「個人でも、集団においても、想定に耳を傾けることは重要」とあるのに、「集団」に限定しているのか?
→"collective"の意味
→個人の想定とは? 集団の想定とは?、それらの違いは?
→「世界が破滅への道をたどる」との関連
p.113_l.3「対話を超えて」の項
⇒前半(p.113)は何を意味しているか?
p.113_l.12~
⇒「彼らは皆、同一の神、同一の預言者、もしくは救世主を信じている」
p.114_l.1~
⇒「コミュニケーション」という単語がつかわれてる意味・意図は?(対話ではなく)
→”Love"愛
→霊的交わり
→宗教(一神教)
→物理学者(量子論者)
→項タイトル「対話を超えて」との関連
p.114_l.4~
⇒「このプロセスは必要だろうか?」が「必ずするべき質問」とは何を意味しているか。
→「このプロセス」とは何か?
<感想>
今回も、前々回からの内容を振り返ることから入りました。内容の確認、再検討をすることで、一見、後退しているかに思えますが、理解しきれていない部分を違う角度から捉えなおすことは、新たな発見や気づきが生まれ、広がりや深みが生まれます。
一人で読む限界を毎回感じます。
自分の枠組みでしか理解できないということを思い知らされます。いい意味で。
輪読することの効果、
あぁ、そんな捉え方があるのか、そうするとこの文章は、全く違う意味になってくるではないか!
一人でサラッと読んだ時よりも、著者が言いたかったことに、少しずつ近づいていける気がします。
では、来月も思考の訓練を楽しみましょう。 スギモト
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